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無精子症とは

精液中に精子が全くいない状態のことを無精子症といいます。精液が多くでていても精子が全くいなければ自然妊娠することがありません。男性諸氏の中には「精液があるから大丈夫」とか「精液がきちんとでているから精子は問題ない」など大きな勘違いをしている方が少なくありません。精液があっても精子は全く別物の問題です。したがって必ず精液検査を行い無精子症であることはきちんと精査する必要があります。
北村クリニックでは、精液検査所見が悪い症例については基本的には複数回の精液検査を行い、診断の正確性をアップさせることを重要視しており患者さんにも最低でも二回目の精液検査を推奨しています。無精子症と確実に診断するには最低でも二度精液検査をしておくことが望ましいです。
また、採取した精液の遠心分離した濃縮細胞成分も、詳細に顕微鏡検診して、さらに病理の専門医師にも確認検査を依頼して、精液中のかなり徹底した細胞分析を行い、本当に「無」精子なのか突き止めることもよく行っています。
実は、精液がでないことや射精ができないことを無精子と勘違いしている人も少なくありませんが、このように精液がきちんと出ていても精子がその中に全くない状態を「無精子症」と呼ぶことを覚えておいてください。精液が出ないという現象は、射精障害の一部の症状なので、無精子症とは別の疾患概念になります。射精障害については別部で詳細に説明してあります。 ここでは無精子症について述べていきたいと思います。

無精子症の種類について

無精子症には二種類のタイプがあります。精子が産生されていても体外に出て来ることができない状態である閉塞性無精子症と、精子を作る働き自体が障害されている非閉塞性無精子症です。

前者の閉塞性無精子症の原因疾患として

  • 精巣上体炎の後遺症(精子の通過経路である精巣上体が閉塞して精子が体外に出て来られなくなります)
  • 精管の欠損症(左右の精管が両側欠損すれば精子の通路がありません)
  • 精管の切断後(幼少時の鼠径ヘルニア手術や精巣の手術などの合併症で時々見かけます)
  • 原因不明の精路閉塞
などがあります。 この場合基本的には成熟した精子がどこかに詰まっている場合が多いのでその部位から精子を採取することで、顕微授精が可能です。したがって閉塞性の無精子症でも精子採取と顕微授精での妊娠実現は可能であります。また詰まっている精管、精巣上体などの閉塞部をバイパスして顕微鏡下に再吻合する手術も行われる場合があります。
精管精管吻合手術、精巣上体精管吻合手術などの非常に細かい作業の必要な吻合手術がありますが、私自身もいずれも手術を行ってきましたが、現在ではこれらの顕微鏡下の吻合形成手術に習熟した泌尿器科医師は減ってきている印象です。
手術成績としては、吻合手術を行っても精子の通過が高確率で改善するとは言えないので、これら手術と同時に、精子採取と顕微授精とを組み合わせて行うことも多いです。閉塞性無精子症の症例では、精巣内などから、成熟した精子の採取についてはその手術成功率は非常に高いと言えほぼ100%近くであると考えても良いと思います。
そして無精子症で治療の大変に治療のむつかしい症例が、後者の非閉塞性無精子症であります。無精子症の中でも、この非閉塞性無精子症が、実子実現の困難な例がある無精子症なのです。これらの非閉塞性無精子症の場合は、先天的か、あるいは後天的に精子を作る力が低下・消失してしまうことから精子が精液中にゼロになってしまうことを言います。しかしこれら非閉塞性無精子症でも、詳しく見ると、全く精子形成が精巣内部でなされていない場合もあれば、ごくごくわずかに精巣内部で精子形成はあるが、精液中に精子出現するほどの精子数を産生できていない場合の二つにさらに細分されます。そしてこのごくごくわずかの精子形成が、顕微鏡下の精巣内精子採取をする狙いの場所となるわけであり、その精子形成場所からごく少数でも精子を採取することが不可能ではない症例もあるということです。
先天的な問題として、特発性の造精機能障害、クラインフェルター症候群などの染色体異常、などがあります。各種の遺伝子異常が原因となります。 後者の後天的な要因としては、抗がん剤加療による後遺症、ムンプス精巣炎(おたふくかぜの精巣炎症のこと)の後遺症、下垂体など内分泌器官の障害や放射線治療などの後遺症などがあります。内分泌障害の場合には、ホルモン補充などにより、あるいはホルモン異常の原疾患の治療にて、無精子症が治癒すること、すなわち精子形成が復活することも少なくありません。
このような非閉塞性無精子症の場合、精液中には精子が全くいないと確かに判定されていますが、顕微鏡下の精巣内精子採取手術、マイクロテセ、microdissection Testicular Sperm Extraction MD-TESE と言われる手術にて、精巣の内部から、ごくごくわずかに精巣組織の中で産生されている精子を採取することに成功すれば、顕微授精ができるチャンスが生まれます。

したがって、このような非閉塞性無精子症の症例でもお子様を諦める前に、是非とも顕微鏡下の精子採取手術を検討していただきたいと思います。しかし、非閉塞性無精子症からの、顕微授精可能な成熟精子採取成功率は、決して高い確率とは言えません。おおむね30~40%程度の成功率と言われています。顕微鏡下精巣内精子採取を選択することは可能ですが、非常に高い成功率を期待することは、正しいとは言えないのは現時点での実情と思われます。

顕微鏡下精巣内精子採取手術

この手術は、前の章でも述べてきましたが、精巣内部に僅かに生み出されている精子を探し出してくる手術であり、無精子症の症例に、実子実現のチャンスを作る大切な手術になります。全身麻酔や脊椎麻酔にて顕微鏡下精巣内精子採取手術を行っている施設も多くありますが、当院では局所麻酔、および、精索ブロック麻酔、鎮静薬注射の併用にてこの手術を行っております。全身麻酔のメリットはじっくり時間をかけて精子採取ができることでありますが、デメリットは全身麻酔に伴う合併症などであると言えます。また当院の様に局所麻酔とブロック麻酔などで行っている場合、メリットは日帰りができて麻酔処置に伴うリスクが少ないことですが、デメリットは長時間の精子採取探索時間が取れないことであります。各々が自分の良いと思う麻酔方法や医療機関で手術を受けることが肝要であると言えます。

手術自体は陰嚢部分の小さい切開手術創部で手術は可能です。技術的には、それほど難易度の高い手術とは言えないと思いますが、精細管の判別、精子のいそうな精細管を見出すことについては経験が必要になると思います。局所麻酔とブロック麻酔で行うには痛みのケアが大変重要になりある程度手術手技の除痛のポイントを押さえないとむつかしいと言えます。
北村クリニックにおいては、一部の症例においては手術方法について、痛みの軽減と苦痛除去のために少し工夫をしています。通常、顕微鏡下精巣内精子採取手術においては精巣を丸ごと陰嚢の外に引っ張り出す脱転と言われる作業をしますが、脱転作業無しで、皮膚と皮下組織を小切開で大きく広げウインドウ状態にして、精巣白膜をそこから覗き込んで、精巣を切開して顕微鏡下に精細管観察とサンプリング作業を行うことにしています。非脱転法でのマイクロTESE(顕微鏡下精巣内精子採取)をこのように一部症例で採用しており目覚ましく術後の疼痛が改善しています。しかし、精子が見つからない場合には精巣の切開も延長していき通常手術での精巣を脱転する方向になっていきます。

この場合はやはり精巣の痛み、陰嚢から鼠径部へのなんとも言えない鈍痛がしばらく生じることはほぼ全例に認められます。 手術の実際については、精巣の内部の精細管という精子が生まれる組織を観察して精子が産生されていそうな精細管をよく観察(この精細管確認には経験が必要)細かくサンプリングして採取組織の培養液懸濁物からすぐさまにその場において培養士の顕微鏡チェックを受けながら精子の探索を進めていきます。 精子をその場で確認できれば、そのサンプル回収した場所の精細管組織をもう 少し追加で回収して手術を終了する方向で閉創にかかります。
また、採取できた精子においては、すぐに凍結保存することにする施設も少なくないのですが、当院では、提携婦人科医療機関の協力を得て、基本的には同時期に採卵できるようにセッティングして、採取成功した精子を凍結すること 無しでそのまま顕微授精をフレッシュな状態で行います。これは、できるだけ受精率が上がるようにするために行っていることです。デメリットは、もし精子採取不成功な場合、採卵に向けての準備が無駄に終わる可能性があるということです。
このように、非閉塞性無精子症の症例にとっても顕微鏡下精巣内精子採取手術 は非常に有効な手段でありますが、全例で精子が見つかるわけではない事実、 また精子採取成功率が決して高率ではないこと。仮に精子採取成功しても、受精と妊娠までハードルがあることなども肝に銘じておく必要があります。
そして一部の症例においては術後に男性ホルモン低下が起こる可能性があること、などは覚えておくべき重要な点であります。しかし非閉塞性無精子症の方が実子実現を望むのであれば、現時点では極めて重要な選択肢となる手段であります。またどのような疾患の方であっても実子を求めることは多くの人が望む自然な欲求であると思います。
無精子症と言われても、いろいろ手段を検討して簡単にはあきらめずに顕微鏡下の精巣内精子採取なども考慮して実子実現のチャンスをつかむことも是非頭において ください。
むつかしい非閉塞性無精子症の治療において、不成功な結果であったとしても、その際のメンタルケアなども大変重要になってまいります。どのような結果になったとしても、でき得る限り、患者さんの幸福と健康のために、当院は尽力していきたいといつも思っています。

精巣内精子採取手術の術後の問題

ここで見落としてはいけないのは、精子が採取できず顕微授精も出来なかった症例の場合の問題だと思います。つまり精子採取ができなかった場合のこともしっかり想定しておくことが大切だということです。再度、精子採取に挑戦することは、可能ではありますが、決して確率が高い成功率が待っているとはなかなか言えないのが現状です。手術を複数回やれば精巣のダメージが大きく男性ホルモン低下症になるリスクは上がっていきます。

やみくもに再挑戦するのではなく、詳しい遺伝子検査、無精子症感染の遺伝子検査を術前にやっていないのであれば(無精子症症例全員すべてに初診時から遺伝子検査まで強制的に行うことは当院ではしておりませんが、多くの方は実施されます)是非とも行って、精子採取の成功率の評価をきちんと行うことが欠かせないと思います。そして一回目不成功であってもその際の精巣組織の病理検査などをじっくり検討して、本当に再挑戦しても意味があるか、熟慮すべきであると思います。
また男性ホルモン低下の有無についての経過観察、精神的なショックもあると思いますのでいろんな意味でのサポート、ケアが必要であると考えます。このように無精子症症例の実子実現については、不成功に終わることも少なくありません。ただただ精子採取の手術のみをすればいいということではないと思います。
人生の選択肢は多様であってもよいと私は考えています。時として、不妊治療は長年取り組む人によっては、非常に狭い視野になって盲目的に辛い治療を継続して時間を費用と精神力だけが弱る人も多いものです。
当院が、そして私が、大切に思うのは個々の人間全員の命も人生も貴重で尊いものであるということです。不妊治療が成功しなくても何らその人の尊厳が損なわれるものではありません。個々人の尊厳を尊重し、各々の人生をいかに生き生きしたものにするか追求していきます。あらゆる治療においてはまず100%の成功率を目指して当院スタッフ一同最大限の努力をします。しかし、その現時点の医療の生殖医療技術でも妊娠が叶わぬ人もいます。 当院には結果不成功であってもその後も夫婦で仲良く通院してくださる方々もとても多いです。

無精子症の不妊治療については技術的な問題だけではなくこのような人生観にもかかわる重大な問題があるのも大切な事実として知っていただきたいと思います。
成功不成功に関わらず、北村クリニックに来院していただき受診してくださった皆様とはかけがえのないご縁であると考えています。どのような状況になろうとも最大限の支援を我々は喜んで行います。

精子採取の手術をご希望の方々へ

精子採取手術については当事者の自由意思が最も大切です。手術に関しては最終的にはご本人、パートナーの自由意志が大切です。納得のいく選択をなさってください。誰からも強制される治療ではございません。治療の選択、医療機関の選択はじめあらゆる決定は当事者の納得する形で行われるべきだと当院では常に思っています。じっくりと相談し、説明を聞いてもらい、皆様が後悔しないような選択をきちんとしていただくことが肝要です。遠慮なくいろいろお尋ねください。

精子採取における当院の工夫

精巣から直接精子を採取する手術が精子採取と言います。閉塞性無精子症などの場合は精巣内部には十分精子がいるので精子採取もシンプルTESEなどを言われ、顕微鏡下の精子採取とは区別されることもあります。当院では精巣組織は男性にとって極めて大切な臓器であり、無駄に損傷を与えることが決してあってはならないことだと考えています。

精巣組織を採取し扱う場合は基本全例において顕微鏡下に丁寧にかつ細心の注意をもって精巣白膜内部のあらゆる血管損傷がないように配慮して、かつ無駄な精巣組織をとらないために精細管の観察の為顕微鏡下に精子が含まれている可能性のある組織のみを採取するように努力します。
また同時に精子を採取するのであれば、せっかく手術するなら、手術時点で最も形態運動の良好な精子を何とか採取しておきたいと考えていますので、全ての精子採取手術において、熟練の培養士が必ず同席し、手術中にリアルタイムで採取した組織の細胞、精子のチェックを鏡視下に詳細に観察を行い、かつ、目標とする形態も運動も良好な精子が採取できるまで可能な限り丁寧にかつ必要最小限のサンプリングを反復し、妥協せず処置を行っていきます。

通常の閉塞性無精子症などの場合、精巣からの精子採取はほぼ成功します。しかしこれら閉塞性無精子症にとっても精巣の重要性は変わりません。再度述べますが、精巣組織は、非常に大切な臓器であって、可能な限りダメージを最小限にすべきだと当院では考えております。したがって従来のシンプルなTESE(精巣内精子採取手術)においても、精巣の切開時点から顕微鏡鏡視下にて操作を行って微細な小血管も温存してできるだけ精巣ダメージを軽減するようにしています。些細な違いかもしれませんが、従来のシンプルTESEであっても、大雑把な組織採取を行い、止血の際、広範囲に焼灼などしていれば精巣の損傷は少なくありません。

非閉塞性無精子症、閉塞性無精子症、他ごく一部の症例ですが射出精子があってもより良好な精巣内精子の探索が望ましいとなった症例など、精巣組織に処置を加え る症例については、可能な限り細やかな処置を行い、利用可能な医療機器をフルに活用し、組織侵襲を最小限化したいと考えております。

染色体異常と無精子症、乏精子症について

無精子症の症例の中では染色体異常が8-15%程度見つかると言われています。染色体とは遺伝子の集まりであり、無精子症症例ではクラインフェルター症候群といわれる異常が一番頻度の高い染色体異常となっております。臨床現場でも頻回にクラインフェルター症候群の症例にお会いすることはあります。この疾患は性染色体と言われる染色体の異常で、通常は一個のX染色体が二個あるために様々な異常が発生するもので特に生殖関連に異常が多く集積します。無精子症や精巣の発達不良などです。男性ホルモンの産生能力は蔵院フェルター症候群の中でも様々で、教科書にあるような長身なども日本人の臨床現場では当てはまらないケースも多く、見た目の容姿では判別不能なケースもあります。この様に、染色体の異常と男性不妊症の関連は深いものがありますが、特に無精子症の場合には検査する選択もあり、一般的には無精子症や、高度に精子が少ない高度乏精子症の場合には、染色体検査を進められるケースが多いと思います。

染色体検査は少量の血液検査だけで判別できます。しかし検査結果判定まで時間が少しかかりますので数週間時間が必要なことが多いです。しかし染色体異常については、現在の医療では結果が異常であっても治療が難しいものであり、また検査結果について知りたくない、検査したくない、という権利も大変重要な患者さんみんなの権利であり、我々医療従事者が強制できる検査では決してありません。相談の上、ご希望があれば随時行うこととしております。対象となる患者さんと、しっかり話し合いをおこない、染色体検査について相談をしていきたいと思います。

無精子症とY染色体微小欠失について

男性の性染色体であるY染色体の中の一部の領域、AZF領域という遺伝子エリアがあります。その内部はAZFa、AZFb、AZFcの三つの領域に細分されます。この各々の遺伝子情報を解析して三つの領域のどの場所に遺伝子欠損や異常があるが調べる検査が、Y染色体微小欠失検査になります。実は現在の研究結果では、AZFa欠失、AZFb欠失、AZFb+c欠失、などの異常の組み合わせの場合や、Y染色体の長腕部分の欠失などでは、精巣内部の精子採取の成功率がほぼゼロ(ごく一部精子採取成功との報告が無いわけではないが今後のより一層の調査が待たれます)と言えますので精巣内部から精子採取手術を挑戦しても不成功になるであろうと推測はされます。
また、AZFcの領域の欠失だけの場合では、精子を回収できる可能性がありますし、TESE(精巣内精子採取)を行って精子採取に成功して顕微授精も成功する可能性も当然あります。しかし、そこで生まれた男児は父親からのY染色体をそのまま継代しますのでAZFc欠失はそのまま理論上は男児に遺伝しますが、実際にその男児の将来の精子を作る能力については今現在では確定的なことは言えない状況ではあります。しかし父親と同じような無精子症、あるいは高度に精子が少ない状況になる可能性もある訳であり、自然世界では発生しにくい不妊症関連の遺伝情報が継代されるという事態になることも可能性としてはあります。
この検査については、無精子症の検査において医学的には大切な検査ではありますが、検査結果が希望のものと比べて悪く、精子採取の手術に挑戦することが無駄であろうと断定されてしまうと、なかなか患者さんのショックは大きいものがあります。確かに医学的には検査を行い成功率の期待できないものは排除することは論理的ではありますが、これら遺伝子検査を行わずして、精子採取にチェレンジしてたとえ不成功であったとしても、やり切ったという満足と充足感を得る患者さんがいることもまた事実であります。したがって前に述べたのと同じことですが、遺伝子検査などは、担当医師としっかり議論して納得して検査をすることが肝心だと思います。
この検査も少量の血液検査のみで判定できますので検査自体の体への負担は大きくはないと思います。検査結果まで2週間程度は必要となります。